相続放棄ができなくなる?<相続 横浜>
相続放棄のご相談や処理の際、
・相続放棄もしたいが形見分けもしたい。不要な遺品も処分したい。やって良いか。
・借家の大家さんに相続放棄する旨を告げたところ、「(賃貸借契約終了後)残った私物の処分はこちらでやるし、費用もこちらで負担するから、私物の所有権を放棄しますと一筆だけ書いてほしい。」と言われているが、それぐらい応じて良いか?
・駐車場の貸主から、「車が残ると困るから早くどかしてほしい。」と言われているが応じて良いか?
というご質問を受けることがあります。
たしかに、形見分けや遺品の処分を一切行うことができないとなれば、細かな遺品まで誰がどう管理していくのかという現実的な問題が生じますし、借家や駐車場の賃貸借契約の終了の場面についても、貸主にご迷惑をおかけしていると思うと、できることは可能な限りしてあげたいと思うものです。
しかし、このようなご質問に対する公式な回答とすると、「相続放棄に万全を期したいのであれば、いずれもすべきではない。」ということになります。
相続放棄は、相続の承認後はすることができなくなります。
そして、①相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、原則として相続の承認をしたものとみなされてしまいす。
また、②相続放棄後でも、相続財産の全部もしくは一部を隠匿したり消費したりしたときも、原則として相続の承認をしたものとみなされ、相続放棄の効果がなくなってしまいます。
これを上記の質問にあてはめてみると、まず、形見分けや遺品の整理は、①の相続財産の処分や②の相続財産の隠匿・消費にあたる可能性があります。
この点、大審院判例によれば、①の相続財産の処分とは、「一般経済価額」あるものの処分を指すとされ、経済的に価値がないものについて処分しても①の処分にはあたらないと考えられています。
この大審院判例の考えにしたがって、(イ)和服15枚、洋服8着、ハンドバッグ4点、指輪2個、(ロ)間ダンス1棹、洋服ダンス1棹、ふとんびつ1棹、鏡台1個、下駄箱1個、布団2組といった遺品のうち、(ロ)はいずれも中古で破損していることから一般経済価額はなく、これを相続人間の協議により相続人の1人に引き渡しても①の処分にはあたらないが、(イ)は相続財産の重要な部分を占めるとして、これを1人の相続人の所有と定めて引き渡したことは①の処分にあたると判断し、相続放棄の主張を認めなかった判例があります(松山簡裁昭和52年4月25日判決)。
このほか、相続放棄後に被相続人の居宅から遺品(スーツ、毛皮のコート3着、カシミア製のコート3着、絨毯、鏡台、洋服、靴)のほとんどすべてを持ち帰った事案で、遺品が一定の財産的価値を有していたことや持ち帰った遺品の範囲や量からすると単なる形見分けを超えるとし、②の「隠匿」にあたるとした判例もあります(東京地裁平成12年3月21日判決)。
これらを見ると、多少の遺品の整理ならば大丈夫なのかなという感じもしますが、結局は処分等が問題となった当該財産の状態や範囲・量・相続財産に占める割合などを勘案してケースバイケースで判断されますから、「ここまでは絶対に大丈夫」という線引きは困難です。
賃貸借契約にまつわるケースでも、遺品の所有権を放棄する意思を表明することは遺品の内容次第で①の処分や②の隠匿・消費と評価される可能性が十分ありますし、自動車を移動させることもそれ自体が②の隠匿と評価される可能性があるでしょう(ちなみに、移動させた後の保管場所の届出にも困難な問題が生じるでしょう。)。
このようなことから、あとで相続放棄の効力が争われることがないようにするならば、やはり何も手を付けないのが最も安全ということになります。
当然、債権者との関係如何では、形見分けのような私的な部分を債権者が詳細に知る機会は少ないという事案も多いかもしれませんが、だからと言って私たちの立場から100%大丈夫ですと断言することはできません。
では、賃貸借契約のケースのように、何も対応しないと貸主にご迷惑がかかってしまうような場合はどのように対応すればよいのでしょう。
それは、ご迷惑がかかることを承知の上で陳謝しつつ、それでも毅然と貸主に委ねることです。
貸主には、仮にすべての相続人が相続放棄をした場合でも、最後の手段として、家庭裁判所に対し、債権者として相続財産管理人の選任を申し立てる権利があります。相続財産管理人が選任されれば、相続財産管理人がその立場で遺品を処分したり、賃貸借契約を解消したりすることができます。
ですので、貸主がいくら「相続放棄をする(した)からといって、全く何もしてくれない、一筆も書いてくれないんじゃ、こちらはどうしようもないじゃないか。それじゃ困る。」と言っても、対応する必要はありません。
このように、相続放棄をした方が一切の対応を拒否したとしても、貸主として全く何もできないわけではありませんので、そこは対応を求められる側の知識としてひとつ知っておかれるとよいと思います。
このように、相続放棄は、現場判断が難しいケースが少なくありません。
このほかにも、被相続人が亡くなってから1年後に債権者から督促が届いたが、いまから相続放棄ができるのか、といった熟慮期間の問題もあります。
お悩みの方は是非ご相談いただければと思います。