交通事故により後遺障害が生じた被害者の逸失利益について、定期金による賠償とすることを認めた判例(最判令和2年7月9日)

後遺障害による逸失利益の算出方法

 交通事故により後遺障害が生じた場合の逸失利益については、①将来得られるはずだった収入額を、②中間利息控除の上、③一時金として賠償請求することが一般的です。

 後遺障害を負ってしまうと、そのせいで、全く働けなくなってしまったり、そこまではいかなくても、従前の何パーセントかしか働けなくなってしまったりします。そこで、後遺障害の等級を参考に、労働能力の何パーセントを失ってしまったかを算出します(労働能力喪失率)。

 そして、事故前の1年間の収入を基礎収入とし(今後も毎年それだけの収入が得られるものと仮定して計算します。)、労働能力喪失率を掛けて、1年当たりの収入減少額を算出します。

 これに、減収なく働けたはずの期間(労働能力喪失期間)を掛けると、①将来得られるはずだった収入額となりそうです。

 

 もっとも、これを③一時金として受け取るということは、将来得られるはずだった収入を前倒しで受け取るということです。そうすると、今後毎月収入を得たとしたならば受け取った分にしか手元で利息を付けられないのに、前倒しで受け取ってしまうと、本来将来受け取るべき分についても手元で利息を付けられることになってしまいます。そこで、その分に相当するだけ、受け取れる金額を減らすべきだということになります(②中間利息控除)。具体的には、労働能力喪失期間に対応した係数(ライプニッツ係数)を、労働能力喪失期間の代わりに、上記の掛け算に用います。

 

 しかし、民事上の法定利率は、令和2年の民法改正前は5パーセント、現段階でも3パーセントと高率であるため(なお、改正後は3年ごとに変動)、上記の考え方に基づいて計算すると、受け取れる金額が必要以上に減らされてしまうことになります。

 また、交通事故の被害者が、重篤な後遺障害を負ってしまった場合、賠償金を一時金として受け取るより、定期金として毎月受け取って、生活費等に充てる方が、被害者の生活が安定するケースもあると考えられます。平成8年には、定期金賠償を命じた確定判決について、後日、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に、今後の定期金につき、判決の変更を求める訴えを起こすことができる規定が新設されましたが(民事訴訟法117条)、当該訴訟により判決の変更を求めることができるケースでは、その後の生活資金につき、安定性が増すことになります。

 もちろん、逆に、加害者・その保険会社からすれば、定期金賠償が認められてしまうと、トータルで支払う金額が増え、また、長期間支払管理をしなければいけなくなります。

 

令和2年判例

 表題の判例の事例では、被害者は事故当時4歳であり、その後学校に通うことはできたものの、進級するにつれ、他の子との能力差が拡大し、特別支援学級・高等支援学校に入ることとなりました。後遺障害の等級も、3級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの)に該当するものと認定されていました。

 そうした状況も踏まえ、被害者の両親は、被害者の法定代理人として、加害者やその保険会社に対し、将来介護費用だけでなく、後遺障害による逸失利益についても、定期金により賠償するよう求めたものと思われます。

 

 この点、将来介護費については、古くから定期金賠償が認められていました。将来の様々な事情から、損害額の算定の基礎となる事情に変更が生じやすいためと考えられます。

 これに対し、本件では、後遺障害による逸失利益についても、定期金賠償が認められるかが争われました。

 

 本件以前、下級審では判断が分かれ、これを認める裁判例も認めない裁判例もあったようですが、逸失利益は、将来定期的に得られたはずの収入であるから、定期金賠償という形になじむ、と考え、これを認める考え方が多数だったようです。

 

 ところが、平成8年に、交通事故の被害者が、判決前(正確には、口頭弁論終結前)に、交通事故と因果関係なく死亡しても、特段の事情がない限り、後遺障害による逸失利益の算定上、そのことを考慮しないとする最高裁判例が出されました(最判平成8年4月25日)。

 この考え方のベースには被害者救済の見地もあったのかもしれませんが、理論的には、「事故の時点で、後遺障害による逸失利益は、将来の収入を現在価値に引き直した1個の債務として発生しているから、その後死亡したからといって、その後に得られたはずの収入の分を控除しなければならないわけではない」というような説明になります。しかし、この説明からすると、「後遺障害による逸失利益は、上記のような「1個の債務」であって、「将来定期的に得られたはずの収入」そのものではない」という感じに考えることもできます。そのため、そうであれば、定期金賠償になじまない、という考え方も有力になりました。

 

 こうして考え方の対立が生じていましたが、本判決は、不法行為による損害賠償制度は、そもそも損害の公平な分担を図るものであること、民法は一時金賠償しか認めていないわけではないこと、定期金賠償とした場合も、著しい事情変更があれば民事訴訟法117条により将来是正できることなどを指摘した上で、損害の公平な分担という目的及び理念に照らして相当と認められるときは、後遺障害による逸失利益は、定期金による賠償の対象となる、と判断しました(ただし、具体的にどのようなときに相当と認められるかについては、今後の事例の集積を待つ必要があります。)。

 

 他方、上記の平成8年判例との関係については、「定期金による賠償であっても、一時金による賠償の場合と同様に、交通事故の時点で発生した「1個の債務」であることに変わりはなく(支払方法が異なるだけ、というイメージでしょうか。)、そうであれば、同様に、その後被害者が死亡したとしても、原則として、死亡時を定期金賠償の終期とする必要はない」と整理しました。具体的には、就労可能とされる67歳までに死亡したとしても、生きていれば67歳になる時点まで、賠償金の支払いを受けられることになります。

 なお、本件の被害者についても、上記の事情を踏まえ、後遺障害による逸失利益の定期金による賠償を認めました。

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