1000円の着服で退職金不支給!?
事案
少し前のことになりますが、市営バスの運転手が、運賃として受領した金員のうち1000円を着服するなどしたことから、管理者が、運転手を懲戒免職処分としたうえ、これに伴い、1200万円余りの退職手当の全額を不支給とする処分をした、という件がありました。運転手は、これらの処分の取消しを求めて提訴しました。このうち懲戒免職処分については、地裁から最高裁までいずれも適法との判断でしたが、退職手当を全部不支給とする処分については、地裁は適法、高裁は違法と判断していました。これについて最高裁は、高裁の判断を取り消し、退職手当を全部不支給とする処分を適法とした地裁の判断を支持しました(最高裁判所第一小法廷令和7年4月7日判決)。
このうち退職手当の全額不支給処分について、最高裁の判断に対しては、いろいろ意見もあるだろうと思いますが、ひとまず、高裁・最高裁がどう判断したのか、その判断枠組みを見ていきましょう。
判断枠組み
前提として、本件では、懲戒免職処分を受けた退職者に対しては、いろいろなことを考慮のうえ、退職手当の全部又は一部を支給しない旨の処分をすることができる、との条例がありました。
要は、管理者の裁量で、退職手当を支給するか否か、支給するならいくら支給するか(しないか)を決めることができる、ということです。
※退職手当については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、これについての適切な判断を期待することができないため。
このため、本件では、処分がぴったり妥当だったかどうかということではなく、相応の裁量がある中で、その裁量の範囲をも超えるほどに不合理だったか、という点が問題となりました。
※なお、一般企業の就業規則でも、このような場合に退職金を支給するか否かは会社の裁量で決することができる旨の定めがあることが多いと思われます。
そして、本件では、「いろいろなこと」として考慮すべき要素として、条例に次のようなことが規定されていました。
・その職務及び責任
・勤務状況
・非違の内容及び程度
・非違に至った経緯
・非違後における退職者の言動
・非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度
・非違が公務に対する信頼に及ぼす影響
高裁の判断
これを踏まえ、高裁は、
・職務内容は民間の同種の事業におけるものと異ならない。
・本件の非違によって、実際にバスの運行等に支障が生じ、又は公務に対する信頼が害されたとは認められない。
・着服による被害金額は1000円にとどまり、被害弁償もされている。
・在職期間は29年に及び、一般の退職手当等の額は1211万円余りであった。
・本件の非違以外に、一般服務や公金等の取扱いに関する非違行為はみられない。
などの点を考慮し、退職手当の全額不支給処分は、非違行為の程度及び内容に比して酷に過ぎ、社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱したものであって、違法であると判断しました。
最高裁の判断
しかし、最高裁は、これと異なる結論を採りました。
最高裁は、
・公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したというものであって、それ自体、重大な非違行為である。
・バスの運転手は、乗客から直接運賃を受領し得る立場にあるうえ、通常1人で乗務することから、その職務の性質上運賃の適正な取扱いが強く要請される。その観点から、勤務中の私金の所持が禁止されているくらいである。そうすると、本件の着服行為は、バス事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうものということができる。
・運転手は、乗務の際に、1週間に5回も、禁止されている電子たばこを使用した、ということが発覚しており、この点も、勤務の状況が良好でないことを示す事情として評価されてもやむを得ない。
・本件の非違行為に至った経緯に特段酌むべき事情もない。
・運転手は、非違行為が発覚した後の上司との面談の際にも、当初は着服を否認しようとするなど、その態度が誠実なものであったということはできない。
と指摘し、これらの事情に照らせば、着服金額が1000円と僅少で被害弁償が行われていることや、約29年にわたり勤続し、その間、一般服務や公金等の取扱いを理由とする懲戒処分を受けたことがないこと等を考慮しても、退職手当の全額不支給処分が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない(違法とはいえない)、と判断しました。
所感
直感的には、1000円の着服で1200万円の退職手当を失わせるなんて、処分が重すぎる、という印象を持つ方もいらっしゃると思います。
しかし、条例により管理者に広範な裁量が与えられていたことから、公務の適正を重視したこと(不正(犯罪行為ですし)には厳正に対処する姿勢を示したいと考えたこと、金額の問題じゃないと考えたこと)を最高裁が尊重した、ということだと思います。
なお、最高裁では、5人の裁判官とも、適法ということで同意見だったようです。
退職金・退職手当の不支給といっても、本件とは異なるケースがいろいろ考えられます。
違反の経緯、内容、影響、事後的対応その他によって判断は変わり得るので、不支給の決定をする会社の立場からも、不支給の決定を争おうとする労働者の立場からも、対応を決定するには様々な検討を行う必要があります。
当事務所は、そのようなご相談ももちろんお受けしておりますので、どうぞお気軽にご相談ください。

