<その遺言,無効? ~遺言能力って?~>

 

「遺言を書いたときには既に認知症だった。」等として,遺言は無効だと主張されることがあります。

 遺言も法律行為であるため,遺言を作成する能力,遺言能力が必要とされています。

遺言能力とは,抽象的には,

「遺言当時,遺言内容を理解し遺言の結果を弁識し得るに足る能力」

とか,

「概ね7~10歳程度の知能とされる意思能力と同程度の能力。」

などと説明されることがあります。

 

<考慮する要素>

 しかし,例えば,遺言無効確認訴訟の現場では,裁判所は上記のような抽象的な物差しを遺言者に漠然と当てはめるのではなく,

  • 遺言者の年齢
  • 病状を含めた心身の状況及び健康状態とその推移
  • 発病時と遺言時の時期的関係
  • 遺言時及びその前後の言動
  • 日頃の遺言についての意向
  • 受遺者との関係
  • 遺言の内容(⑤・⑥と整合する合理的な内容かどうか,遺言の難易)

といった具体的な事情を複合的・総合的に考慮して,「問題となっている当該遺言を作成するにあたっての」遺言能力の有無を相対的に判断しています。

 

<判断の方法>

 次に,判断の方法は,遺言者の心身の状況に関する医学的判断を尊重しつつも,それだけでは判断せず,最終的には,遺言者の最終的意思を尊重すべきか,あるいは遺された相続人との公平や正義を尊重すべきかといった価値判断を含んだ法的判断をすべきとされています。

したがって,遺言者の心身に医学的な問題があったとしても,それだけでは判断せずに,上記①~⑦で掲げたその他の事情も考慮して最終的な結論を導いています。

 

このように,裁判例も個々の事案ごとに医学的な観点のみならず個別具体的な周辺事情を広く検討した上で,必ずしも医学的判断に引きずられることなく結論を導いているため,「こういう事情さえあれば必ず遺言能力が認められる(あるいは認められない。)。」という絶対的なことが一概に言えないのが実情です。

 

以下では,遺言能力の判断があくまでも総合的・相対的な判断であるということを,改めて「これなら遺言能力はないだろう(あるだろう)。」と陥りやすいと思われる代表的な例を挙げつつ考えてみます。

 

<認 知 症>

  まず,冒頭のように,認知症だとされている場合,遺言能力の判断にどのような影響を与えるでしょうか。

  遺言作成時に認知症の診断を受けていれば,その程度如何では一見して遺言能力が否定される方向に大きく傾きそうです。

  しかし,そもそも認知症には,医学的に,「アルツハイマー型」,「血管性型」,この2つの「混合型」,「頭部外傷・手術による認知症」,「パーキンソン病による認知症」といったさまざまな種類があるそうです。

  そして,このうち血管性型は症状がまだら・つぎはぎ状であること,頭部外傷・手術による認知症の場合はやはり症状がまだらであることや不可逆的なものではなく回復可能性があることから,かかる認知症であるというだけでは必ずしも遺言当時の遺言能力は正確に測れないとされています。パーキンソン病による認知症も,身体症状が先行し,必ずしも精神障害が生じるわけではないとされています。

  また,遺言能力の判断枠組みが医学的判断を尊重しつつ最終的には法的判断であることからすると,アルツハイマー型認知症のように症状が全般的で,その程度が相当程度重くとも,遺言の内容が「全財産をAさんに遺贈する。」といった単純なもので,遺言者に配偶者・子どもがおらずAさんが遺言者の生活を長年献身的に支えてきた,Aさんが遺言作成に一切関与していないといった遺言の内容の合理性を担保する周辺事情が十分に認められれば,遺言能力が肯定されることもあると言えます。

 

<遺言作成前後の異常な言動>

  認知症に関連して,よく,徘徊・被害妄想・うつ状態といった異常な言動から,遺言能力がないのではないかというご相談を耳にします。

  しかし,医学的に,認知症の中核症状は記憶力の低下・認知機能の低下だとされ,徘徊・被害妄想・うつ状態といった周辺症状は,それだけでは認知症を根拠づける症状とはいえないとされています。したがって,認知症に基づいた異常な言動を主張していくには,やはり中核症状を中心に事情を探索する必要があるといえます。

  また,行動異常は認知症の中期程度に最も多くみられるとされ,それは認知症罹患者に残存能力があり,罹患者がいまだ活動的であるがゆえであると考えられています。認知症がさらに進行すれば,無気力さが目立つようになり,その結果として行動異常が目立たなくなるようです。このため,周辺症状がひどいからといっても必ずしも認知症が重度であるともいえないとされています。

  そして,異常な言動が認知症の中核症状の表れであり,その程度が相当程度重くとも,やはり遺言の難易・内容の合理性を担保する周辺事情の存在如何では遺言能力ありと結論付けられることがありうるということは前述のとおりです。

 

<脱線1:医師の診断書・長谷川式簡易知能評価スケール>

 認知症の根拠に関連して,医師の診断書があるとか,長谷川式簡易知能評価スケール(長谷川式スケール)で点数が低かったという事情はどうでしょうか。

 これらは,当然医学的判断として尊重すべきですが,最終的な法的判断との関係ではあくまで一要素ということになります。

 また,医師の診断書は,必ずしも正面から遺言能力を測るために作成されたものではないことの方が多いと思われます。例えば,後見開始の申立ての際の根拠資料とすることを目的として作成されることがありますが,その場合は,本人保護の点から本人の能力を低く評価する傾向になりがちであることに注意が必要とされています。また,診断書の内容がカルテに基づいていないとか,診断した医師が精神科医ではないといった場合は,診断書の証拠としての信用性が減殺されることもあるようです。

 次に,長谷川式スケールは,認知症かそうでないかを簡便に見分ける検査として広く普及していますが,広く普及しているのは手法が簡便だからであって検査結果が最も正確だからではないと言われています。また,30点満点中20点以下では認知症の疑いがあるとされていますが,近時は,認知症か否かを区分するスクリーニング以上の意味はなく,認知症の程度を測るものではない(18点だから認知症が軽度だとか,5点だから重度だとは必ずしも言えない。)という考えも有力です。裁判例でも,点数が一桁であっても,遺言の内容や前後の遺言者の言動などから遺言能力を肯定したものがあります(ただし,統計では得点が一桁よりも10点台の方が結論として遺言能力を肯定した例が多いようです。)。

  さらに,当然ですが,診断書の作成時や長谷川式スケールの実施時と遺言作成との時期的関係によっても,これら証拠がもつ力の強弱は変わってくるでしょう。

 

<脱線2:公正証書遺言>

最後に,公正証書遺言にて遺言を作成した場合はどうでしょうか。公正証書遺言を作成したから,遺言能力についてもお墨付きをもらった,ということは言えるでしょうか。

 この点,公証人は,法的専門家であって医学的な専門家ではないこと,遺言者の最終的意思を遺言という形に残すという重要な職責を有し,正当な理由がなければ遺言作成の嘱託を拒否することはできないとされていること(公証人法第3条)から,公証人が遺言能力についてどこまで慎重な姿勢をとっているかは,公証人によってまちまちであるような印象があります。

 また,公正証書遺言は,往々にして,遺言者による「口授」「筆記」「読み聞かせ」という民法上の規定の順序どおりではなく,予め遺言者ではないその近親者や委託を受けた弁護士などから聞き取った遺言内容を遺言条項として文章化(筆記が先行)し,これを遺言者に読み聞かせ,遺言者が内容について了解したことをもって口授したものとして作成されることがあります。遺言者が「口授したものとして」という点についても,遺言者が読み聞かされた後に単に頷いただけとか,遺言者が途中で眠ってしまいそうになるのを周囲が起こしながら読み聞かせをしたという事案が問題になったこともあるようです。

 遺言能力が問題となる事案では,こうした公正証書遺言の作成過程も考慮の対象となり,遺言作成時に遺言者による自発的な口授がなされ,それに基づいて筆記がなされているかといった,民法の定める方式(口授に基づいて筆記・読み聞かせをするという順序は,単なる手順を定めただけでなく,遺言の真意性や遺言能力を担保する機能があるとされています。)に忠実に従っているかといった点までが基礎になるとされており,公正証書遺言であっても遺言能力が否定されるという裁判例は近年増加傾向にあると言われています。

(とはいえ,利害関係を有しない証人や法的専門家たる公証人が関与することで遺言の真意性が確保されたり遺言作成時の状況が証拠として残りやすいこと,遺言要件に問題のない遺言が作成されるという一般的な信頼があり,紛争の未然の抑止につながること,遺言の検索が容易であることや検認手続が不要であることから,なおも公正証書遺言作成の有用性は十分にあると考えます。)

 

 以上のように,上記の各事情があったとしても,それ単発ではおよそ完全無欠なものとは考えられておらず,各事情が遺言能力の結論に大きく影響するものであるか否かは慎重な判断が必要ですし,冒頭①~⑦でご紹介したその他の周辺事情をも判断の基礎として,総合的な判断を行っているのです。

 

 いかがでしたでしょうか。

 裁判官も,遺言の有効無効の判断は,中間的な判断のないオールオアナッシングの世界である上,有効無効の判断如何で関係者の財産の得失に大きな影響を及ぼすものであることから,極めて困難を伴うものであるとしています。

 そうした事情も相まって,諸般の事情をくまなく判断の基礎として,さらには時として遺言者の最終意思を重視すべきか相続人間の公平や正義を重視すべきかという価値判断も含めて最終判断を行っていると言われています。

 このことから,当事者の側からしても,遺言能力の欠如を理由とした遺言無効の主張やこれに対する反証といった活動もまた,一筋縄ではいかないものとなります。

 法的主張に通ずる証拠を探索・取得する作業や,得られた証拠を複合的に評価したり周辺事情を積み重ねたりして説得的な法的主張に結び付けていくという作業は,遺言に関する紛争に限らず我々弁護士が日常的な業務を通じて研鑽しているところですので,是非ともご相談をいただくことをおすすめします。

相続に関するご案内はこちら

法律相談(初回無料)のご案内はこちら

横浜の弁護士 横浜よつば法律税務事務所へのお問い合わせ 横浜の弁護士 横浜よつば税理士事務所