債権回収の風景 ~民事執行法改正対応~

2019年10月3日

こんにちは。
今回は,改正民事執行法施行後をイメージした債権回収のとある一例をご紹介します。
全てフィクションです。また、改正民事執行法は施行前です。

【事案】
Xさんは,20XX年X月X日,旧知の仲であるY社の社長Zから,「運転資金として500万円を貸してくれないか。1年後に必ず一括で返す。いまは経営状態が良くないが,大きな仕事も来ているので,それまでのつなぎとして助けてほしい。」と懇願され,仕方なくY社に対して返済日を1年後(一括返済)として500万円を貸し付けました。Y社からは,500万円を借り入れた旨とこれを1年後の日に一括で返済する旨の借用書を受領しました。
ところが,1年後の返済日を過ぎても,Y社は全く返済をしてくれず,Zも,「銀行や取引先への支払をしないといけないし,従業員の給与もきちんと払わないといけないし,もう少し待ってほしい。」と言うばかりで,取り合ってくれません。
何度催促しても同じ対応しかされなかったXさんはついに話が違うと憤り,たとえZとの関係が壊れても必ずこの500万円を取り戻すと誓い,法律事務所のインターホンをピンポンしたのでした…。

1 方針
 Xさんは,法律相談での助言を受け,
 ・Y社は,既に金融機関から追加融資を断られている可能性があるなど,Zが言うように経営状態が芳しくないかもしれない。
 ・Y社はXさんの優しさに甘え,Xに対する返済の意識が低い。
ということから,Xさん自ら督促することを断念し,代理人を選任し,強制執行まで視野に入れて早期に訴訟提起をして回収を図りたいと考えました。
 しかし,Xさんは,弁護士から,必ずしも全額回収できない,最悪の場合かけた費用分も回収できないリスクがあると説明されました(※)。

※債権回収を進める場合,多くの場合費用倒れの危険がつきまといます。例えば,①訴訟での勝訴判決が確定してもY社が判決に従った支払をしない上,価値のある財産が判明せず強制執行によっても事実上回収ができないような場合,②経営不振のY社が破産の申立てをしてしまう場合などです。これらの場合には,弁護士費用その他請求にかかった費用に見合うだけの回収ができないことがあります。

 Xさんはそういったリスクの説明を受け,迷いましたが,家族とも話し合い,「結果的にそうなったとしても,行けるところまでY社に,Zに毅然と対応していく。」と覚悟を決めました。
 なお,XさんはY社の財産を把握していなかったこともあり,仮差押え等の保全手続は行わないこととしました。
  
~仮差押え(参考)~
 XさんがY社の財産(預金,保険,売掛金,不動産等)を把握していれば,この段階で裁判所へ仮差押命令の申立てをすることが考えられます。仮差押えが認められれば,Y社はその財産を処分することができなくなります。もし仮差押えをした財産がY社の事業にとり重要なものであった場合,Y社が慌てて仮差押えを解除してもらうためにXへ誠実に対応してくるということも,場合によってはあるかもしれません。
 しかし,仮差押えは,貸金返還請求権の存在が裁判で確定的に認められる前にY社の財産処分を制限するものであるため,仮差押えが認められるためには保全の必要性(債務者の財産の減少により強制執行が困難となること。)が必要となります。これと関連して,仮にXさんがY社の流動資産と不動産とを把握していた場合,基本的にはY社の日々の経営にとり重要な運転資金となる流動資産よりも,一般的に打撃の小さい不動産を優先的に対象としなければなりません。
 また,仮差押命令が認められるためには,裁判所が命じた担保を提供する必要があります。担保の額は,仮差押えの目的物または請求権の価額の10~30%前後という相場があると言われており,これもXさんにとり相応の負担となります(ただし,のちに貸金返還請求訴訟での認容判決が確定したり,Y社が担保の取り消しに同意するなどしたときは,この担保は取消しの手続を経て還付されることになります。)。

2 訴訟
 Xさんの代理人が書面で支払いを催促してもY社からは連絡すらないため,Xさんは〇×地方裁判所へ500万円の貸金返還請求訴訟を提起しました。
 Y社は,Xさんに借用書を差し入れていたので,訴訟において500万円の貸金返還債務の存在を争わず,ただ,一括弁済は到底困難であるとして,分割払いでの和解を求めました。Xさんは,裁判官からも,分割弁済での和解を勧められました。
 Xさんは,一刻も早く一括で返済してほしかったので,分割弁済での和解を勧める裁判官に不満でしたが,代理人から「強制執行の引当となる財産がわからない以上,生かさず%&さずに返済を受けた方が良い。裁判官もそういう考え方である。分割弁済を認めはするが,もしY社が将来的に一定程度返済を怠れば残額を一括請求できる条項を設ける。」と説得され,たしかに強制執行ができないのに判決をもらってもただの紙切れだなと考えなおし,和解に応じることにしました。
 和解の内容は,Y社の経営状態と,分割弁済とはいえ早期の弁済を求めるXさんの意向を調整し,
①Y社は,Xさんに対し,500万円の貸金債務の存在を認める。
②Y社は,Xさんに対し,500万円を,和解成立日の翌月から毎月末日25万円ずつ分割(全20回)して支払う。
③Y社が返済を怠り,未払額の合計が50万円に達した場合は,Y社は期限の利益(分割払いで良いとされた利益)を失い,Xさんに対し,未払額とこれに対する年5%の割合の遅延損害金を一括して支払う
となりました(※)。

  ※和解成立の際に作成される和解調書は確定判決と同一の効力を有し,差押えなどの強制執行をするために必要な書類(債務名義といいます。)となります。
 
3 強制執行
 裁判終了後,Y社は,和解成立の翌月から毎月末日に25万円をXさんに支払うようになり,これにて一件落着となる…はずでした。
 ところが,Y社は,分割弁済を12回行ったあと,13回目14回目の弁済を怠り,期限の利益を喪失しました。Xさんの貸金返還請求権はまだ200万円(及び遅延損害金)残っています
Xさんが何度催促しても,Zは「経営が厳しく,いまは支払えない。近々また大きな売掛金が入るから,入ったら分割弁済を再開する。今まで和解に従ってきっちり300万円払ってきたのだから,信用してほしい。」と言い,支払ってくれません。
 Xさんは,未だにこのようなことを言い出すZにいら立ち,これまでY社からされた支払についてY社名義の送金元口座を調べ,明らかになったD銀行E支店の口座を全て差押えましたが(※),その同支店の口座にはわずか数千円しか残高がなく,未払部分のほとんどは未回収のまま残ってしまいました。
 Xさんは,残額を早期に一括で返済してもらいたかったのですが,Y社の他の財産が判らないと強制執行もできないし,このまま穏便に様子を見るしかないのかと思いました。
 しかしふと,お金を貸す以前に,Zが,「この前A信金の融資担当Cくんに真っ赤なベンツが欲しいと言ったんだけどさ,苦笑いするだけで貸してくれないんだよ(笑)。」などと話していたことを思い出し,Y社はA信用金庫をメインの取扱銀行としているのではないかと考えました。ただ,A信用金庫は,Y社の所在地周辺に3店舗あり,Y社がどの支店を利用しているかまではわかりません。
 そこで,Xさんは,裁判所に対し第三者からの情報取得手続の申立てをし,A信用金庫から情報の提供を受けたところ(※2),なんと,Y社周辺の3店舗のいずれでもなく,Y社が3年前に本店を移転する前の所在地近くのB支店に普通預金口座を保有していることが判りました(※3)。

※ 銀行の取扱により、送金元口座が明らかになるとは限りません。

※2 預金の差押えは,金融機関名・支店名を特定してしなければなりません(預金の種類,口座番号の特定は不要です。)。また,従来,執行段階で裁判所が関与して第三者に対し債務者財産の有無・内容を照会する制度がありませんでした。
※3 執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者が申立てをし,①強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立の日より6か月以上前に終了したものを除く)において当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかった場合か,②知れている財産に対する強制執行を実施しても申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことを疎明した場合のいずれかに該当するとき,裁判所は,債権者が選択した金融機関に対し,預貯金債権に対する強制執行等に必要な事項として最高裁判所規則で定めるものについての情報の提供を命じることができます。情報の提供を命じられた金融機関は,情報の提供を書面で行い,情報の提供がなされたときは裁判所が債権者に情報提供の書面の写しを送付します。

 そして,Xさんは,直ちにY社のA信用金庫B支店の預金について差押命令の申立てをしました(※)。

※金融機関から情報提供がなされたことについては,裁判所から債務者に対しても通知されます。このため,差押えの危険を察知した債務者が預金を引き出すなどの対応をする前に差押命令の申立てをする必要があると考えられます。

 結果,XさんはA信用金庫B支店の普通預金140万円の差押えに成功し,差押命令がB支店に送達されてから1週間後,A信用金庫B支店からこの140万円を取立てました(※)。

※債権差押命令の第三債務者への送達後1週間が経過すると,債権者は第三債務者に対し直接差押えた債権を取り立てることができます。

 Zは,この140万円の大部分をY社従業員の給与に充てようと思っていましたが,給与支給日の直前に差し押さえられてしまったために支払が遅れることになり,従業員を集め深々と頭を下げました。
 そして,Zは,またいつXさんから残金について会社の財産を差し押さえられて事業に支障が生じるかわからないと感じてようやく観念し,親族から用立てた資金をもってXさんに対する残元金及び遅延損害金の全額を支払いました。

4 まとめ
 かくして,紆余曲折の末に満額回収に成功したXさん。
 しかし,「Zとは大学時代からの付き合いで,若いときは仲良しだったけどなぁ。金の切れ目はナントカで,私も反省しています。もうこういう形で大切な友人を失いたくないので,これからは誰から頼まれても大きなお金は貸しませんよ…。」と,Xさんは少し寂しそうに法律事務所を後にしました…。

 - おわり -

このような劇的な解決となるかはさておき、お困りの問題がございましたら、お気軽にご相談ください。

 

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